DJ MAR (MIGHTY ZULU KINGZ)


DJ MAR (MIGHTY ZULU KINGZ)


先日開催された2 ON 2 DANCE BATTLE「WORLD DANCE COLOSSEUM-FINAL-」を始め、日本を中心に世界各国にて数多くのB-BOY DANCE BATTLE やOLD SCHOOL PARTYでSPINするDJ MAR氏から貴重なインタビューを頂きました。

DJ MAR (MIGHTY ZULU KINGZ) 関連WEB SITE
Fresh Thang WEB SITE
http://www.fresh-thang.com/

DJ MAR (MIGHTY ZULU KINGZ) Myspace
http://jp.myspace.com/zulukingz1973djmar

UNIVERSAL ZULU NATION (MIGHTY ZULU KINGZ)
http://jp.myspace.com/mzk1973


DJ KAZUYA
自己紹介お願いします。

DJ MAR
rep MIGHTY ZULU KINGZ
DJ MARだ!!
UNIVERSAL ZULU NATIONのBBoyチャプター「MIGHTY ZULU KINGZ」のDJをしてるよ。



退屈な質問してたら帰っちまうぜ!
そろそろ愛犬のポチ LA ROCKのエサの時間なんだ。
とっとと始めちまおうぜ。


DJ KAZUYA
活動歴、また始めるきっかけ等教えて下さい。

DJ MAR
俺は主にダンスバトルのイベントやオールドスクール関係のイベントやパーティーでプレイしているよ。
始めるきっかけになったのは 昔、自分自身がダンサーとして活動していたんだ。
詳しく話すと俺の中でHIP HOP LIFEが産声をあげたのは15歳のころさ。
それは日本の有名なコメディアン、ミスタータケシの「元気が出るテレビ」のダンス甲子園ていうTV SHOWが最初だったよ。初めてダンスやHIP HOPに触れた瞬間さ。。。それを見た時は感動したもんだよ。
その時にダンスと同じぐらい感動をくれたのがその時にダンサーが踊ってる曲だったのさ。
凄く気になってすぐに色々調べて曲を買ったりターンテーブルの存在を知ったりしてそれを買うためにバイトして(BITE)じゃないぜ(笑 毎日凄く頑張ったのを覚えているよ。
ターンテーブルを買ってからはレコードを狂った様に買いあさったよ。1990年頃の話さ。
それからダンスをやる傍らレコードや音楽集めに夢中になって気がついたらダンサーではかなりのレコードや音源を持つ様になっていたんだ。
そういった日常からよくダンス仲間やBBoysを始とする様々なダンサー達に曲をプレゼントしてあげたりダンスのショータイムってあるだろ??
わかる??その曲をよくミックス、編集してあげていたのさ。
仲間には無償で「ビールを飲ませてくれればいいぜ!」ってな感じさ(笑
凄く夢中になったよ。
それを今までギャラでもらっていたら沢山のいい女を抱いて今ごろポルシェでも乗っているよ(笑
そういった活動が目立つ様になって自分のクルーやマイメン達に後押しされてDJをイベントでやってくれないか??
って頼まれてダンサーとして活動しながらマイメンがメイクしたJAMなんかでDJを始めだしたのさ。1996、97年頃の話さ。
それから2002年にCRAZY - AとJUNGLEのMACHANにて渋谷でTOP NATIONと言うアパレルショップを立ち上げる事になりそこに参加して働く様になりお店も忙しくなりダンス関係の仕事ができなくな りDJを本格的に始めだしたよ。
でも去年に独立して今は自分でイベント関係の会社を経営しているよ。


DJ KAZUYA
始めた時と今現在の気持ちや心境の変化を教えて下さい。

DJ MAR

そうだね、、、自分の考えているHIP HOPっていうテーマが大きく変わり過ぎて今では凄く難しい質問になるよ。
昔はいい女をゲットするとかそんな単純な理由でしかなかったよ(笑
でも今は・・・・・例えば、今のHIP HOPって言われてるメインストリームの音楽、ニュースクール、ミドル、オールド、などといったカテゴリーですら俺は疑問だったりするしね。 俺はBBoysのJAMの時はラップはプレイしない。
俺はいつもブレイクスオンリーさ。
HIP HOPの基礎中の基礎ブレイクでプレイすることを心がけているよ。
Soul , Funk , Disco , Rock , OST.......etc それだけで聴けば何もHIP HOPじゃない。
しかしそれをブレイクする事やスクラッチを入れる事ではじめてHIP HOPになると思うんだ。
昔はそんな風には考えられなかったけど時間が経ち自分がドンドンHIP HOPに夢中になった事でルーツや歴史を知り今では変な拘りが出てきてしまったよ。。。(笑
もちろん今も昔も楽しむ事は忘れずにその気持ちだけは変わらないよ。
Having Funの精神さ。
これを忘れる日が来たら自分の中でのHIP HOP is DEADだね。


DJ KAZUYA
これまでのキャリアの中で特に印象に残る出来事、出会いを教えて下さい。

DJ MAR
アメリカで大きなBBoysのバトルイベントがあったのさ「FREESTYLE SESSION」っていう有名なイベントさ。
それに日本人として初のDJをやらせてもらったんだ。



その当時にBBoysのバトルを専門でDJをやってるヤツなんかいなかったからね(笑
それでTOP NATIONのオーナーのMACHAN、彼が俺を連れて行ってくれたんだ。
凄く感謝しているよ。
初めてのアメリカでのプレイももちろんだけど世界中からBBoyが集まりそしてその時ゲストが
KRS ONE
BIG DADDY KANE
DJ JAZZY JEFF
Q-Bert
SLICK RICK
.....
といったメンツさ!!
その中でDJをしてる自分がいて夢の様な時間だったよ・・・・・・
もちろんゲストそれぞれのライブも最高だったし皆とも話せて写真も撮れたし凄くいい空間だったよ。
その日はBreaksと7inchをよくプレイしてたから横でQ-Bertが凄く喜んでくれてのをよく覚えてる。最高に嬉しかったよ。
他にもブレイクバトルでは俺が日本から来てる事を他のDJ陣が気にしてくれて一番多くプレイさせてもらったんだ。
皆凄くいい奴らだったよ。今ではそれがきっかけでマイメンになってアメリカと日本で情報交換しているよ。
でもその当時はスクラッチライブ、SERATOなんか持ってなかったし存在もしてなかったから誰もPCを使ってない時代だったんだ。
だから日本からレコードを大きなハードで2ケースと7インチケース1ハコ、計3ハコとスーツケースを抱えてアメリカまで行ったんだ(笑
俺がナメクジだったら自分の汗で溶けていなくなっちまうぐらい汗だくで行ったのを覚えてるよ(笑
ハードケース2ハコって言っても1ハコ100枚前後だけど俺はブレイク専門だから100枚持って行ってもかけれる曲は半分の50曲。
しかもブレイクパートだけだからかけれる時間も少ない。
要は2枚ずつ全て持って行ってるけどからかけられる曲も時間も少なくないから無駄に荷物が多かったよ。
Break DJ は大変だよ。。。
生まれ変わったらもうやりたくないね(笑


インタビュー続き




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