そうだね、、、自分の考えているHIP HOPっていうテーマが大きく変わり過ぎて今では凄く難しい質問になるよ。
昔はいい女をゲットするとかそんな単純な理由でしかなかったよ(笑
でも今は・・・・・例えば、今のHIP HOPって言われてるメインストリームの音楽、ニュースクール、ミドル、オールド、などといったカテゴリーですら俺は疑問だったりするしね。
俺はBBoysのJAMの時はラップはプレイしない。
俺はいつもブレイクスオンリーさ。
HIP HOPの基礎中の基礎ブレイクでプレイすることを心がけているよ。
Soul , Funk , Disco , Rock , OST.......etc それだけで聴けば何もHIP HOPじゃない。
しかしそれをブレイクする事やスクラッチを入れる事ではじめてHIP HOPになると思うんだ。
昔はそんな風には考えられなかったけど時間が経ち自分がドンドンHIP HOPに夢中になった事でルーツや歴史を知り今では変な拘りが出てきてしまったよ。。。(笑
もちろん今も昔も楽しむ事は忘れずにその気持ちだけは変わらないよ。
Having Funの精神さ。
これを忘れる日が来たら自分の中でのHIP HOP is DEADだね。
■DJ KAZUYA
これまでのキャリアの中で特に印象に残る出来事、出会いを教えて下さい。
■DJ MAR
アメリカで大きなBBoysのバトルイベントがあったのさ「FREESTYLE SESSION」っていう有名なイベントさ。
それに日本人として初のDJをやらせてもらったんだ。
その当時にBBoysのバトルを専門でDJをやってるヤツなんかいなかったからね(笑
それでTOP NATIONのオーナーのMACHAN、彼が俺を連れて行ってくれたんだ。
凄く感謝しているよ。
初めてのアメリカでのプレイももちろんだけど世界中からBBoyが集まりそしてその時ゲストが
KRS ONE
BIG DADDY KANE
DJ JAZZY JEFF
Q-Bert
SLICK RICK
.....
といったメンツさ!!
その中でDJをしてる自分がいて夢の様な時間だったよ・・・・・・
もちろんゲストそれぞれのライブも最高だったし皆とも話せて写真も撮れたし凄くいい空間だったよ。
その日はBreaksと7inchをよくプレイしてたから横でQ-Bertが凄く喜んでくれてのをよく覚えてる。最高に嬉しかったよ。
他にもブレイクバトルでは俺が日本から来てる事を他のDJ陣が気にしてくれて一番多くプレイさせてもらったんだ。
皆凄くいい奴らだったよ。今ではそれがきっかけでマイメンになってアメリカと日本で情報交換しているよ。
でもその当時はスクラッチライブ、SERATOなんか持ってなかったし存在もしてなかったから誰もPCを使ってない時代だったんだ。
だから日本からレコードを大きなハードで2ケースと7インチケース1ハコ、計3ハコとスーツケースを抱えてアメリカまで行ったんだ(笑
俺がナメクジだったら自分の汗で溶けていなくなっちまうぐらい汗だくで行ったのを覚えてるよ(笑
ハードケース2ハコって言っても1ハコ100枚前後だけど俺はブレイク専門だから100枚持って行ってもかけれる曲は半分の50曲。
しかもブレイクパートだけだからかけれる時間も少ない。
要は2枚ずつ全て持って行ってるけどからかけられる曲も時間も少なくないから無駄に荷物が多かったよ。
Break DJ は大変だよ。。。
生まれ変わったらもうやりたくないね(笑